多くの犠牲・被害をもたらした地震から3週間・・・
東京でも今まで経験したことの無い大きな揺れと恐怖を感じました。
地震時てんちょ〜は近く郵便局のポストに・・・
一瞬めまいかと思う感覚がし周りを見渡すと「ガタガタ・・」という音とともに目に映るもの全てが大きく揺れていました。
当店の2・3階部は自宅、妻と子供達がいるので猛ダッシュで帰宅、尋常でない振れに土足のまま2階に駆け上がり妻と子供の無事を確認し何時、家が倒れるかわからない振れに外に避難、長男が公園に遊びにでかけていたので、すぐさまチャリを飛ばし連れ帰る!
近所に有る実家に連絡を入れ無事を確認してんちょ〜一家皆で車で実家に行き合流。
車のテレビで「震源地・東北地方!」との緊急速報が・・・
慌てて、てんちょ〜兄の携帯に電話するも通じない・・・
実は2月の終わりに新規事業所を開設する為、単身仙台に行っていたのです。
しかもテレビで映し出されているのは「仙台空港の津波被害」・・・
そう!兄の住まいも務め先も仙台空港の真近く、あれだけの映像を見てしまうと最悪な事も頭によぎってしまうが、てんちょ〜より何倍もタフで強運な兄の事、無事でいてくれるに違いないと当てのない自信のみが支えで繋がらない携帯を何度もリダイアルした。
その間も些細な情報を知りたく各方面に連絡したがどこもパニック・・・
結局、震災から丸1日半後、兄から連絡がきた「お〜そっちは大丈夫かぁ〜?」と・・・「コッチじゃなくあなたでしょ?」ツッコミを入れたくなる程の第一声!津波が襲って来ている中を会社事務所の屋根の上に上がり難を逃れたとの事・・・色々と話した後電話を切り安心感で膝が崩れた、そして腹から声を出し泣いてしまった。
(4つ年が離れた兄には小さい頃よく泣かされていたが30半ばで泣かされるとは・・・)
避難中も従業員の方やその家族の安否を確認するため走りまわって、一時東京に帰って来たのは地震後十何日過ぎ、1日でまた仙台に戻ってしまったが無事で何よりだった。
勿論、会社や住まいは津波の被害にあい復旧まではそうとうの期間が掛るとの事だが「ハングリー精神」は津波に流されていなかった!!
(数日前に納車された大型トラック数台と大事にしていた車は流され3キロ先で無残な姿で発見されたが・・・)。
何の車種だかわからない程に・・・(クラウンです!)